2018年03月31日

送水口博物館に行ってきたよ

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【送水口ファンと送水口メーカーの出会い】

2月に新橋の送水口博物館(ソーハク)を訪れた話です。

ここは消火設備の総合メーカー「村上製作所」の社長が、自社ビルの屋上につくった小さなスペース。2015年の開館時からぜひとも訪れたかった場所だったのですが、このたびの東京滞在でついに初訪問が叶いました。

なぜ、ぜひとも訪れたかったのかというと、直接的な理由としては友人の送水口ファン、キムチさんが関わっている場所だから(そして僕も遠い遠い関わりがあるから)なんだけど、なにより、伝え聞いている「送水口博物館ができた理由」が胸を打つものだったから。

ものすごく約めて言うと、送水口博物館は、村上製作所の村上社長が送水口ファンと出会ったことによって誕生したスペースなのです。

どういうことか。それにはまず、AYAさんという送水口ファンの紹介から始めなくてはなりません。僕がAYAさんの存在を知ったのは2012年、ツイッターでした。プロフィールをたどると、ずいぶん昔から送水口のウェブサイトを運営なさっているらしい。

「こんな人がいたとは!」と興奮して、すぐキムチさんに教えました。「仲間がいたよ、よかったねー」という気持ちで。(ただ、僕はこのときのことをすっかり忘れていて、あとでお礼を言われて「そういえば」と思い出したんだけど)

のちに知ったのですが、このとき「仲間がいた」ことの喜びが大きかったのは、むしろAYAさんのほうだったようです。

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【AYAさんのロンリー送水口ライフ】

AYAさんは1998年頃に「送水口倶楽部」というホームページをつくり、送水口愛好活動を始めました。他サイトとの交流はあったそうですが、送水口ファンに出会うことはなかったそうです。送水口愛を語り合える仲間が一人もいなかった。

そして2005年頃にお仕事の都合もあり、送水口活動を休止します。数年間のウェブ活動の中で「私も送水口が好きです」という人と知り合うことは、ついにありませんでした。

それからまた数年経った2012年、AYAさんは送水口活動を再開します。新しくブログをつくり、ツイッターも始めました。それが8月。僕がAYAさんを見つけてキムチさんに紹介したのが11月のことです。

ホームページを開設した1998年から数えて14年。AYAさんはついに仲間に巡り会ったわけです。僕がふと送ったメンションが、そんなに運命的なものだったとは。

好きなモノの対象は違えど、同じ偏愛系人間として、とてもうれしいできごととなりました。

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【送水口ファン、村上製作所を発見する】

そして翌2013年、AYAさんとキムチさんが対面(二人が首都圏在住だったこともラッキーでした)。また同年にはAYAさんが主催してキムチさんと共に第1回「送水口ウォーク」を開催します。

この前後の時期に暗渠ファンやマンホールファンの方とも交流し、似た好奇心を持つ知り合いが増えていったそうです。孤独な14年間が嘘のよう。

もちろんキムチさんにとっても同じだったと思います。キムチさんも一人で送水口活動を始めたわけですが、当初は、一緒に送水口を見て歩く仲間ができるとは思ってなかったのではないでしょうか。よかったよかった。

2014年、第2回・第3回「送水口ウォーク」開催。このイベントに参加したメンバーの一人が、ネット検索で送水口メーカー・村上製作所の存在をつきとめます。当初は「このロゴが入った送水口は、御社がつくったものですか?」と確認するためでした。そういう内容のメールを送ると、「たしかにうちの製品ですよ」との回答。しかしそのあとに意外な、そしてうれしい言葉が続いていました。

「送水口のファンがいるんですか? ぜひ弊社においでください」
そんな気前のよい返信をくれたのが、村上善一社長だったのです。

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【送水口博物館の誕生】

村上社長は「送水口のファンがいる」ということに驚き、またとても喜んでくれたようです。それは、初訪問からわずか一週間後に、社長が古い送水口の「救出作業」をおこなったことからも分かります。

ちょうど西新橋の旧日本電池ビルが解体されそうになっていたので、そこに設置されている村上製のオールド送水口を取り外し、持って帰ることを社長は決断したのです。送水口の救出なんて、もちろん誰にとっても初めてのことでした。

のちに村上社長はこう語っています。
「前日に会った送水口ファンのことが頭に浮かんで、なんとか救い出せないかという思いがこみあげてきた」

さらに同じ年、第1回「送水口ナイト」が開催されます。送水口ファンが集まってのプレゼン大会。「やろうやろう!」と背中を押してくれたのは村上社長だったそうです。もちろん社長にも登壇してもらったのですが、なんと村上社長は送水口を擬人化した恋物語の紙芝居作品を一人で制作し、発表。いわゆる「中の人」側からの真面目なプレゼンを予想していたAYAさんやキムチさんたちにとっても驚きの内容で、会場は大喝采だったそうです。

この第1回「送水口ナイト」は、メーカーの「中の人」であった村上社長が、送水口ファンと融合した記念すべき日だったのではないでしょうか。

そのあとの経緯は下記リンク先をご覧ください。送水口博物館のオープンから間もなく、友人のアシモフこと伊藤健史さんが取材した記事です。

君は世界初の「送水口博物館」を見たか
http://portal.nifty.com/kiji/151223195344_1.htm

上の記事にあるように、オールド送水口の救出をいくつか続けるうち、社長は送水口博物館の設立を思い立ちます。AYAさんたちが村上製作所を初訪問したのが2014年5月。第1回「送水口ナイト」開催が同年8月。村上社長が博物館の設立を宣言したのが翌2015年6月。そしてオープンが11月。怒濤の展開です。歴史ってこんなふうに動くんだ……

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【みんなでつくった手づくりの博物館】

僕が「ソーハクに行きたい」と思い続けていたのはそんなわけなのです。

記事でも紹介されているように、ソーハクは完全な手づくり。その多くを社長自身が手がけています。そしてAYAさん、キムチさんはもちろん、AYAさんがマンホール方面で知り合ったみわさん、傭兵鉄子さんなども加わって、作業を分担しながらみんなで完成させました。

そうした一連のできごとを、そのつど部分的に伝え聞いたり、記事で読んだりしていたので、このたびの訪問はとても感慨深かったです。

事前にツイッターでソーハク行きを宣言していたため、この日はキムチさんはもちろんのこと、たくさんの知人が集まってくれました。AYAさんやみわさんともやっと対面できた。

まず入口で館長から記念コースターが手渡されます。僕は1287番目の入館者でした。来館者を迎え入れた館長、こんどは指し棒を持って送水口の歴史や仕組みを解説。ユーモアをまじえながらたっぷり話してくださいました。さらにテレビ出演時の映像の上映会まで始まるという展開に。

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「みんなに喜んでもらいたい」という館長の気持ちが館内に充満してるようで、その高いテンションとサービス精神に感激しました。村上館長、ありがとうございました。


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顔ハメ送水口も体験しました。これはキムチさんがつくったもの。ついでに紹介すると、キムチさんは送水口を愛するあまり2013年に自作イラストを元にした「送水口Tシャツ」をつくっています。もちろん僕も購入しました。
http://d.hatena.ne.jp/ki_mu_chi/20140521/1400683114


送水口博物館はJR山手線「新橋駅」日比谷口から徒歩5分。
貴重なオールド送水口をぜひ生鑑賞してみてください。

送水口博物館
東京都港区新橋2-11-1
村上建物ビル5階

※個人運営なので開館日が限られています。
下記サイトの開館カレンダーをご参照ください。
http://www.zentech.co.jp/museum/index.html


そして!
2018年4月7日(土)はソーハク桜祭り&春のハンナまつり!

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送水口を愛でながら飲んだり食べたりしつつ
音楽も楽しめるというすばらしいイベントです。
みなさまぜひ。
うう・・・行きたい・・・




posted by pictist at 22:18| 都市鑑賞

2018年03月06日

グラフィズム断章:もうひとつのデザイン史

先月の話になりますが、銀座クリエイションギャラリーG8で「グラフィズム断章:もうひとつのデザイン史」を見てきました。この中で、グラフィックデザイナーの田唯さんが『街角図鑑』所収の拙稿「装飾テント」を掲示してくださっていました。鶴見俊輔、石子順造、赤瀬川原平などと共にマッピングしてもらえて光栄です。藤本健太郎さんの名著『タイポさんぽ―路上の文字観察』も掲示されてました。

この田さんの展示は、鶴見俊輔の「限界芸術論」をベースに「限界芸術論で提出された区分だけでは捉えきれない表現があるのではないか?」と問うものになっています。

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この展示の様子は2018年6月発売の『アイデア』No.382に掲載されるそうです。




posted by pictist at 06:10| あれこれ

2018年02月06日

寄稿『せとうちスタイル』Vol.4

『せとうちスタイル』という雑誌に、「ちょっと曲がった道」という文章を寄稿しました。2018年1月25日発売のVol.4号です。

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ツイッターで以前から「#ちょっと曲がった道」というハッシュタグをつくって写真を投稿してるんですが、今回は写真ではなく、言葉でしっかりと「ちょっと曲がった道」の魅力について語りました。「そんなに真剣にならなくても……」と斜め後ろにいるもう一人の自分がとまどうレベルで真剣に語ってます。

ちなみに下の写真は、私が1歳から10歳頃まで育った家の前の道。もうなくなってるけど左の赤い壁のあたりに借家がありました。あと道の奧に見えるクルマが停まっているスペース、当時は道に沿ってブロック塀がありました。つまりその部分の景色が遮断されていたわけで、当時のほうが今より「ちょっと曲がった道感」略して曲道感が強調されていたはず。

潜在意識に影響は・・・受けてないと思うけど。

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posted by pictist at 03:36| 執筆

ピクトさん手ぬぐい「みどり」リリース

手ぬぐい専門店「かまわぬ」とコラボした【ピクトさん手ぬぐい】の新色「みどり」をリリースしました。深緑色は以前つくりましたが、意外と今までなかった非常口カラーです。

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また、完売していた「こん」を再生産。「みかん」は残りわずかです。

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下記店舗に順次、納品する予定です。
・広島市現代美術館
・ふくやま美術館
・岡山県立美術館
・喜久屋書店 イオンモール倉敷店
・スタンダードブックストア茶屋町

また、現在開催中の「ピクトさんフェア」開催店のうち、いくつかの店舗でも販売します。
「ピクトさんフェア2017」 http://pictist.sblo.jp/article/181711178.html

オンラインショップはこちらから。
http://mon.cifaka.jp/?pid=77024800




タグ:ピクトさん
posted by pictist at 03:16| ピクトさん

2018年01月08日

玉島鑑賞

2016年に岡山県倉敷市玉島エリアを歩いたときの写真です。
熟成肉みたいに熟成街(まち)と呼びたい。

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【以下は2018年に再訪したときの写真です】

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タグ:都市鑑賞
posted by pictist at 23:08| 都市鑑賞

2017年12月31日

2017年の活動記録

〈2月〉
RSKラジオに出演(都市鑑賞者として)

〈3月〉
スライドトークイベント「都市鑑賞論」を岡山市で開催(共演:大山顕)

〈4月〉
ツバメノートとコラボした「ピクトさんツバメノート」をリリース(100セット限定)

〈5月〉
バー鳥渡(高円寺)6周年企画展『塀を越えて』に写真の展示で参加。

〈6月〉
滝本晃司ライブ in 岡山「100の月」を岡山市で開催。トークコーナー「すてきな玄関」に出演。

〈7月〉
朝日新聞夕刊「あのとき それから」欄の「100円ショップ登場」に取材協力。

第2回ピクトさんTシャツ受注生産(全22色)。

〈8月〉
サイト「鉄管スロープ」を公開。

〈11月〉
『ピクトさんの本』第14刷発行。全国約100書店で「ピクトさんフェア」開催。

〈12月〉
2016年に制作した「岡山芸術交流オルタナティブマップ」が山陽新聞に掲載。




タグ:活動記録
posted by pictist at 00:46| あれこれ

2017年12月25日

ニセモノ考 - 『生活考察』Vol.3より

雑誌『生活考察』Vol.3(2012年4月発行)に寄稿した「ニセモノ考」という文章を以下に転載します。昔から「ホンモノらしさ」や「ニセモノらしさ」に興味があり、いまだに考え続けています。


ニセモノ考/内海慶一

 高校生の頃、萩原朔太郎を愛読していた。詩はもちろんだが、短編小説「猫町」が特に好きだった。好きが昂じて友人たちと「猫町」を題材にした映像作品をつくったほどだ。つたない出来だったが、それほどまでに当時の私にとって「猫町」は魅力的な作品だった。
 「猫町」の内容を一言で言うと、「見慣れた景色が未知の景色に見える」という話だ。知らない町に迷い込んだ「私」は、しばらくしてそこが自分の家の近所であることに気づく。

 私は夢を見ているような気がした。それが現実の町ではなくって、幻燈の幕に映った、影絵の町のように思われた。だがその瞬間に、私の記憶と常識が回復した。気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである。(中略)この魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。(※1)

 朔太郎はこれを「景色の裏側」と呼んだ。私はこの、日常が突然別のものに見えてしまうという感覚に強く惹かれたのだった。現実世界への信頼がぐらついたときに感じるであろう、恐怖と陶酔がないまぜになったような、甘美な眩暈。

 ジャック・フィニィの古典SF『盗まれた街』も同種の好奇心を刺激してくれた。ある町の住人たちが、次々に「私の家族はニセモノだ」と言い始めるのだ。自分がこの世界でいちばんよく知っているはずの家族をニセモノだと感じるというのは、どんな気持ちなのだろう。(※2)

 SFの中の話だけでなく、このような「既知の人物をニセモノだと感じる」という病気は実際にある。カプグラ症候群と呼ばれる精神疾患で、一九二三年にフランスの精神科医カプグラによって報告されたことからこの名が付いた。カプグラ症患者は、家族や知人を「瓜二つの替え玉と入れ替わっている」と確信する。

 人間以外のものが対象となるカプグラ症候群もある。精神科医の西丸四方の著作には、町全体がニセモノだと主張する患者の話が出てくる。長野県松本市の病院に入院している患者が、ここは本当の松本市ではなく、新潟県のどこかに松本市そっくりにつくられた町だと言ったそうだ。(※3)

 このような猫町的眩暈への興味、そしてニセモノへの興味が、だんだんと私の中で膨らんでいった。その興味は今でも続いている。ニセモノ、疑似、フェイクと言われるもの、あるいはリアリティについて考えさせるものが、どうしても気にかかるのだ。



 スーパーで「手づくり風おにぎり」というものを見たことがある。同じパターンで「手打ち風うどん」や「手ごね風ハンバーグ」などもある。
 「風」はいろんなジャンルで利用されている。「個室風」を謳う居酒屋に入ったことがある人は多いだろう。テーブルとテーブルの間に薄い幕が吊り下げてあるのだ。個室風。なんとなく納得してしまうところが「風」の凄さである。
 特に印象深かったのは「セレブ風」だ。通販広告で「お求めやすい価格のセレブ風ジャケット」という商品を見たときはしばらく考えこんだ。(※4)

 手づくり風は手づくりではなく、個室風は個室ではない。言い換えれば「風」はニセモノだと言える。もちろん、これらは何かを「偽」っているわけではない。偽物という言葉の原義である「似せもの」としてのニセモノ。そう思える。

 テレビを見ていると、たまに「有名な曲によく似た曲」が流れてくることはないだろうか。ロッキーのテーマっぽい曲や、007のテーマっぽい曲などだ。おそらく著作権か予算の関係でその曲を使うことができず、それっぽい曲をつくってなんとかした結果なのだろう。あれも音楽版の「風」だな、と耳にするたびに思っている。

 私たちはニセモノに囲まれて生きている。例えば造花、擬木。すっかり生活に溶けこんでいるので意識することは少ないが、ちょっと注意して見れば、本物ではない花や木がいかに身のまわりに溢れているかに気づくだろう。

 最近つくられた公園のフェンスや門柱、車止めなどが木製に見えたら、それはほぼ擬木である。一昔前のプラスチック擬木・コンクリート擬木とは違い、最新のウレタン擬木はよく近づいて見ないとニセモノとは分からない。擬木業界では「本物と間違える」ことを売りにしており、それを「リアル擬木」と呼んでいる業者もある。
 リアル擬木。一瞬聞き返したくなる言葉だ。

 また、一見すると本物と区別がつかないような「人工観葉植物」も普及している。飲食店やオフィス、ホテルなどに置かれている観葉植物は人工観葉植物であることが多い。毎日水をやる手間が省けるし、枯れたり虫が発生したりする心配もないからだ。人工と言っても「幹は本物の木で葉っぱがつくりもの」というものや、「本物の樹木に樹脂を注入して固定したもの」もある。こうなってくるとニセモノの一言では片付けられない。(※5)

 ニセモノとは一体なんだろうか。
 私たちはよく「本物かニセモノか」というように二元論的な言い方をするが、現実はそう単純ではないようだ。
 例えばユーズド加工ジーンズはどうだろう。新品のジーンズに加工を施して、何年も穿き古したジーンズと同じ姿にするのだ。以前、ユーズド加工工場を取材したことがある。職人がジーンズ一本一本を研磨機で削り、ブラスターで砂を吹き付け、バーナーで焼き、器用に「ユーズド感」をつくり出していた。また、ひっかき傷や破れ目などのダメージを入れる場合もある。ユーズド加工ジーンズはニセモノだろうか。

 あるいは人工ダイヤモンドはどうだろう。炭素に高圧力をかけてつくる人工ダイヤの組成は、天然ダイヤと変わらない。もちろん美しさも変わらない。コストや流通の問題で普及していないだけで、物質としてはまったく同じものだ。人工ダイヤはニセモノだろうか。



 「本物かニセモノか」という問いは、やがて「本物と感じるか、ニセモノと感じるか」という認知の問題へ移行する。
 以前、オランダに留学している知人がツイッターでこんなことを書いていた。
 「ヨーロッパの古い町並みを歩いていると、ディズニーランドに来ているような感覚に陥り、すべてが張りぼてに見える瞬間がある」
 知覚の反転現象とでも言おうか。ディズニーランドに限らず、外国の町並みを再現したテーマパークやレジャー施設は日本に数多くある。私たちは「疑似異国」に子供の頃から慣れ親しんでいる。そのため、実際の外国の町並みがつくりもののように思えてしまうというわけだ。(※6)

 こんな話もある。月周回衛星「かぐや」が送ってきた月面の鮮明なハイビジョン映像を見て、「CGみたいでリアルじゃない」という感想を抱いた人が少なからずいたそうだ。今まで繰り返し見てきた、アポロが月面着陸したときの粗い映像のほうにこそリアリティを感じる。これも反転現象だろう。(※7)

 日本全国に自由の女神像がある。誰でも一度は見たことがあるはずだ。パチンコ店やラブホテルなどに設置されているレプリカである。有名なのはお台場の自由の女神像で、観光客の撮影スポットにもなっている。お台場のものはフランス政府公認の「正式なレプリカ」だそうだが、ここで問題にしたいのは公認なのか非公認なのかということではない。この世界に自由の女神のレプリカ像が溢れているという事実だ。

 私はニューヨークの自由の女神像をこの目で見たことはないが、あれを実際に見たときに人は何を思うのだろう。どう感じるのだろう。前述のような反転現象が起こっても不思議ではない気がする。

 視覚以外で言えば、金木犀の香りを芳香剤のように感じるというのも反転現象だろう。ただしそう感じるのはある年齢以上の人だけだそうだが(最近では芳香剤に金木犀の香りが使われていないため)。
 昔の芳香剤はバリエーションに乏しく金木犀の香りが印象に残りやすかったことも原因の一つかもしれない。今売られている芳香剤の香りは多種多様である。ざっと調べただけでもラズベリー、ピーチ、グレープフルーツ、アップルシナモン、オレンジブロッサムなど様々な名前が見られる。中には「ブラジリアンマンゴーフラワーの香り」などというものもある。どんな香りか想像しにくい。

 これまでに見た中でいちばん凄いと思ったのは「古代ローマ調エジプトジャスミンの香り」だ。古代ローマ調エジプトジャスミンを嗅いだことのある人はいるのだろうか。
 こうなるともはや本物と比較されることは永久にない。ニセモノだけがそこに存在している。本物と比較されないニセモノは、ニセモノだろうか。



 赤瀬川原平の『新・正体不明』に「本物そっくりの本物」という言葉が出てくる。強い陽射しに照らされた路地の一角が、まるで撮影セットのように見えたという話だった。本物そっくりの本物。それは世界(外側)ではなく、世界を見る自分の中(内側)に存在する。

 私は普段から町を歩いて気になったものを写真に収めている。本誌前号『生活考察Vol.2』で紹介した「シュロ景」もそうだ。シュロの姿に人々は「南国っぽさ」を感じる。しかしその南国っぽさは「イメージの中の南国」の投影である。在来種であるシュロに、日本人はいつの頃からか南国への憧憬を託すようになった(それも今では薄れているが)。私がシュロ景に惹かれるのは、それが一種の見立てになっており、本物の風景ともニセモノの風景とも言えない独特の位置にあるからだ。

 なぜ私はありふれた景色を見ようとするのか。なぜそれを写真に撮ろうとするのか。理由はいろいろあるが、根本のところには、十代の頃から続いている猫町的眩暈への憧れがある。「景色の裏側」を見てみたいという願望だ。
 この世界に確信を持って「本物」だと言えるものはあるのだろうか。私たちは既知のものを既知のものだと言い切れるのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、今日も町を歩いている。


※1 萩原朔太郎『猫町 他十七篇』(岩波書店、一九九五年)

※2 フィリップ・K・ディックの短編『父さんもどき』のプロットも『盗まれた街』に近い。ディックは生涯にわたって本物とニセモノの問題や現実崩壊感覚を追求し続けた。ニセモノを語る上で重要な作家である。

※3 西丸四方『彷徨記―狂気を担って』(批評社、一九九一年)

※4 友人が以前勤めていた会社の社食に「韓国風ビビンバ」というメニューがあったそうだ。これはかなり上級者向けの「風」と言えるだろう。

※5 かつて商店街などに飾られていたプラスチック製の造花(ホンコンフラワー)などは、今見るとそのあからさまな「つくりもの感」にむしろイノセンスを感じる。

※6 知人が「淡路島にあるイングランドの丘というテーマパークに行ったら、なぜかコアラがいた」と言っていた。

※7 菊池誠『科学と神秘のあいだ』(筑摩書房、二〇一〇年)


「ニセモノ考」
初出『生活考察』Vol.3(2012年4月発行)

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posted by pictist at 21:50| 執筆