2017年12月02日

ノートルダム清心女子大学

2016年に取材させていただいたノートルダム清心女子大学(岡山市北区伊福町)の校舎の写真です。設計はアントニン・レーモンド、1929年竣工。国の有形登録文化財にも指定されています。

戦争で焼け野原となった岡山市中心エリアにあって戦火を逃れた貴重な建物の一つです。当時、岡山市内にあった鉄筋コンクリート建造物のうち、岡山大空襲をまぬがれたのは、この校舎を入れて5棟だけなのだそうです。

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2017年11月29日

ピクトさんフェア2017

発売から10年経つ『ピクトさんの本』ですが、
ありがたいことに、またまた重版(第14刷)となりました。

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これを記念して、全国各地の書店で
「ピクトさんフェア」が開催されます。

小規模なフェアを入れると約100ヶ所。
いくつかの書店ではピクトさんグッズの
同時販売もありますよ。

ピクトさん手ぬぐい(かまわぬ)
ピクトさんノートブック(ツバメノート)
ピクトさんマスキングテープ(mt)
ピクトさんスケッチブック(マルマン)
など、有名メーカーとのコラボ商品を
各種取り揃えています。

すでにスタートしているのは
ジュンク堂書店 ロフト名古屋店さん(2月半ばまで)と
丸善 京都本店さん(1月末まで)。

また、フェアを開催している書店で
『ピクトさんの本』を買うと、
もれなくピクトさん栞(非売品)がついてきます。

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(ジュンク堂書店 ロフト名古屋店)

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(丸善 京都本店)

ピクトさん栞、一見いろんな種類が
あるように見えますが、1種類です。
表と裏でこうなってます。

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今週から来週あたりにかけて他店でも
続々とフェアがスタートすると思います。
引き続き情報をお知らせしていきます。


●追記
グッズ販売ありのピクトさんフェア開催店が
さらに増えて、計5店となりました。

MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店
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ジュンク堂書店 難波店
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紀伊國屋書店 新宿本店
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以下に情報を整理します。

・紀伊國屋書店 新宿本店(7F芸術書売り場)/2018年2月中旬まで
・ジュンク堂書店 難波店(芸術書売り場)/2018年2月末まで
・MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店(5F芸術書売り場)/2018年2月中旬まで
・ジュンク堂書店 ロフト名古屋店(芸術書売り場)/2018年2月中旬まで
・丸善 京都本店(芸術書売り場)/2018年1月末まで

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ピクトさんグッズのロゴになっている転倒系ピクトさんは、
長年のピクトさん研究の成果を踏まえ、「理想の転倒」を追い求めて
2009年に日本ピクトさん学会がデザインしたものです。
両手挙げタイプ(バンザイ)なところとダイナミックな足の開脚がポイントです。
いつか、実際に「転倒注意」サインとしてメーカーさんに使ってもらえるといいなあ。



2018.2.3 追記:【ジュンク堂書店 池袋本店】
グッズ販売付きピクトさんフェア開催店が、さらに1店増えました。ジュンク堂書店 池袋本店(9Fギャラリー)です。書籍&グッズ販売のほか、書籍未収録ピクトさん数十点をプリント展示中。もちろんオリジナル栞プレゼントも継続中です。
3月4日まで。

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タグ:ピクトさん
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2017年09月07日

都市鑑賞と「ソトの眼」についてのメモ(2)


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写真/『工商技芸看板考』

前回から続きます。

イベント「都市鑑賞論」では、明治20年に人類学者の坪井正五郎が刊行した『工商技芸看板考』も紹介した。これは酒屋、煙草屋、豆腐屋、蕎麦屋、湯屋など、様々な店舗看板の意匠を研究した書である。江戸時代の文献を引用しながら、過去と現在(江戸時代から明治時代にかけて)の日本の看板の造形を考察している。

坪井は序文にこう書いている。


『余が此書を著す主意は、是等の看板を網羅するに非ず、工商技芸の看板に深意妙味の有る事と、進化変遷有る旨を、聊か世人に示すに在り』

『工商技芸看板考』坪井正五郎


坪井は当時24歳。看板の形態の「進化変遷」を示したいと言えたのは、文献研究があってこそだろう。しかしそれだけではなく、明治20年という時代も、本書の執筆動機に関わっているのではないかと私は考える。日本の西欧化が急速に進んでいた時代。徐々に消えていく江戸の風景を、当時の人々(特に東京府民)は目の当たりにしていた。

変わっていく街並みの中、店舗看板も変化に晒されていたはずだ。明治初期の東京に暮らした坪井は、こうした知覚しやすい「時間的な移動」によってソトの眼を獲得しただろう。

坪井は風景・風俗の変化をはっきりと意識していた。そう言えるのは、同時期に坪井が日本で初めての「風俗測定」をおこなっているからだ。同じ明治20年に発表した論文「風俗漸化を計る簡単法」がそれである。坪井は上野公園を歩く人々の服装がどのくらい西洋風になっているかを調査した。

坪井はこう述べている。


『維新以来、西洋の文物が我邦に入り込むに従って、頭髪、衣服、及び履物も西洋風に移ってきましたが、頭から足まで一時に変ずるのではなく、頭だけ西洋風にして他は日本風にして置く者もあり、頭と足とを西洋風にして着物は従前の通りにして置く者も有りまして、次第次第に此風を捨てて彼風を取るのですから、是等の統計を作たならば風俗漸化の速力方向を知るに足りましょう』

風俗漸化を計る簡単法(坪井正五郎「東京人類学会報告」第14号)


空間的な移動が「ソトの眼」を得るきっかけになるのと同じように、時間的な移動も「ソトの眼」を得るきっかけになりえると私は思っている。それは現代においても同じだ。明治維新後ほどの急激な変化はなくても、都市は常に表情を変え続けている。そして私たちはある日、ふと気づくのだ。都市から減りつつある「それ」が、徐々に存在感を持ち始めていることに。その存在感は魅力かもしれないし、違和感かもしれない。

私たちはよく、古いモノや古びた風景を愛でる感情を「ノスタルジー」という言葉で表現する。また、レトロという言葉もよく使う。どちらも「懐古」という意味でおおむね間違いないだろう。

しかし私たちがノスタルジーだと思い込んでいる感情や、レトロ趣味だと思い込んでいる好奇心の中には、そのどちらでもない別の感情が宿っている可能性がある。それが「時間的な移動によって獲得したソトの眼」がもたらす感覚だ。


都市鑑賞と「ソトの眼」についてのメモ、次回は「劇化」について考えてみようと思います。

タグ:都市鑑賞
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2017年09月06日

都市鑑賞と「ソトの眼」についてのメモ(1)


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写真/『守貞謾稿』

2017年3月4日に開催したトークイベント「都市鑑賞論」(出演:大山顕)で、私は初めに喜田川守貞の『守貞謾稿』に触れ、守貞が大阪から江戸へ移動したことによって「ソトの眼」を獲得しただろうと述べた。

「ソトの眼」とは、例えば旅人が旅先で街並みを見る目線のことだ。地元の人間にとっては当たり前すぎて気にとめないようなものでも、旅人の目には新鮮に映る。私は、守貞が江戸という異郷を見たことが重要なのではなく、江戸という異郷を見たことで、生まれ育った大阪を振り返って「ソトの眼」で見たに違いない、そのことが重要なのだと述べた。

続いて国木田独歩の「武蔵野」を挙げ、(当時の人にとっては)なんのへんてつもない郊外の風景に独歩が魅了されていたことを紹介した。これは柄谷行人の『日本近代文学の起源』がヒントになっている。柄谷は独歩が見た武蔵野を、日本人が初めて見出した「風景」ー歴史的・文学的な意味(概念)に覆われていない風景ーとしている。

桜の名所を夏に訪れた独歩を、地元の住人は不思議がる。


『今より三年前の夏のことであった。自分はある友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋がある、この茶屋の婆さんが自分に向かって、「今時分、何にしに来ただア」と問うたことがあった。
 自分は友と顔見あわせて笑って、「散歩に来たのよ、ただ遊びに来たのだ」と答えると、婆さんも笑って、それもばかにしたような笑いかたで、「桜は春咲くこと知らねえだね」といった。そこで自分は夏の郊外の散歩のどんなにおもしろいかを婆さんの耳にも解るように話してみたがむだであった。』

国木田独歩「武蔵野」


その場所に住む「婆さん」は「ソトの眼」を持たない。前掲の文章は、そのことをわざわざ強調しているように読める。独歩は、自分が新しい眼でこの風景を見ていることを自覚していた。

「武蔵野」が発表されたのは明治31年。その3年前は明治28年。独歩らが乗車したのは、明治22年に開業した甲武鉄道(中央線の前身)だろう。文中の「境」とは現在の武蔵境駅。独歩らが歩いたのは現在も桜の名所として有名な小金井堤である。

夏に散歩をするためだけに気軽に郊外まで足を運ぶことができたのは、交通の発達によるところが大きいだろう。それだけが理由ではないにしても、若き文学者が「ソトの眼」を獲得するに到った要因の一つに鉄道による「移動のしやすさ」があり、しかもほんの6年前までそれが叶わなかったという時代のタイミングを考えてみるのも面白い。


イベントで話した内容を踏まえながら、「ソトの眼」についての考察を今後も記していこうと思います。次回は「時間的移動」について。

タグ:都市鑑賞
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2017年08月04日

私たちは「都市鑑賞者」だと思う

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2017年3月に大山顕さんと「都市鑑賞論」というトークイベントをやりました。このイベントタイトルは最初から決まっていたわけではなく、イベント内容を打ち合わせしているとき、大山さんから「自分たちがやっていることを総括するには、どういう言い方をすればいいのかなあ」という投げかけがあったのです。そこで提案したのが「都市鑑賞」という言葉でした。

この言葉を出したとき、自分の中でスッと何かが楽になったような感覚がありました。考えてみると、自分たちがやっていることを一言で表す言葉が今までなかったなと。気づかないうちに、漠然とした「伝わらないストレス」を感じていたんだなと思ったのです。

街を歩いて、見て、ときには写真を撮る。そういった行為を指す言葉。人によって興味の対象は様々で、細分化されているけど、それらをひっくるめて表現する言葉がなかった。「路上観察」という範疇からははみ出しているし、「まちあるき」だと、ほとんど何も言ってない。

私たちは「都市鑑賞者」だと思うのです。

自分とは違うジャンルを追い求めているけど、でも同じ感覚を共有しているような、好奇心のベクトルが近いような、そんな人たちが大勢いる。「路上観察」「まちあるき」では今ひとつ捉えきれなかった「ある共通するタイプの人たち」が、「都市鑑賞」なら線でつながる。心理的な距離も近くなる。そんな、ちょっとしたうれしさを感じます。

ここで言う「都市」は、人の営みに関わる場所全般として、広義の意味で捉えていきたいと考えています。たとえば人里離れた山奥にあるダムも橋も、都市鑑賞に含んでいきたい。都市のバックヤードも都市の一部として考えたい。

というわけでここ最近、都市鑑賞という言葉を積極的に使い始めてます。

違うけど似ている。似ているけど違う、私たち。タイル、電線、室外機、給水塔、タイポグラフィ、路上園芸、ガソリンスタンド、すべり台、エスカレーター、送水口・・・都市鑑賞趣味をお持ちのみなさま、あらためまして、よろしくお願いします。

タグ:都市鑑賞
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2017年03月12日

「都市鑑賞論」イベント記録

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もう1週間経ってしまいましたが。日本ピクトさん学会presents スライドトークイベントvol.4「都市鑑賞論」にご来場いただいたみなさま、ありがとうございました。東京、大阪、広島、宮城など県外からお越しくださった方もたくさんいてうれしかったです。特に上海から文字通り飛んで来てくれた共通の友人、前川ヤスタカさんに感謝。

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私はこのイベントのために「都市鑑賞年表」を制作。喜田川守貞の『守貞謾稿』、坪井正五郎の『工商技芸看板考』、国木田独歩の「武蔵野」、萩原朔太郎のステレオ写真、坂口安吾の「日本文化私観」などを紹介し、「ソトの目」というキーワードを用いながら、人が新しい視点を獲得するというのはどういうことなのかを考えてみました。

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途中で大山さんが持ち出したのは、鑑賞スタンスについての問題提起というか悩みというか、そんな話題。大山さんの大意を私なりの言葉でまとめると以下のようになります(内海が編集/解釈した言葉です)。

《我々は「グッとくる」という言葉を使ってきた。それは「善悪美醜に関係なく魅入られる感じ」を表現するためだ。自分の「工場萌え」の萌えも、「グッとくる」に近く、「価値判断を含まない自分だけの感覚ですよ」ということを表明している言葉。しかしだんだんそれだけでは満足できなくなってきている。「調査によって得られる知識」でもなく、「表面だけを愛でる萌え」でもない、第3の価値観のようなものがあるのではないか》

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大山さんはこうも言ってます(これも大意です)。
《同じものをずっと撮り続けていると見えてくるものがある。それは本に載っているような知識ではない。10年続けてやっと気づくこともある。今の自分はそれを求めている。これは鑑賞者としての進歩なのかもしれないし、堕落なのかもしれない》

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進歩か堕落か、どちらかは分かりませんが、ただ一つ言えることは、「10年撮り続けてやっと分かることがある」と言えるのは、実際に10年撮り続けた人だけだ、ということ。大山さんはいくつかのジャンルにおいて、現にそういう体験をしてしまった。上記の第3の価値(私が便宜的につくった言い方ですが)というのはこれを指しているのではないでしょうか。実際、大山さんの著作や記事には、長年見続けてきた人からしか出ないであろう言葉がたしかにあります。

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イベント後半では、大山さんがこれまでに鑑賞してきた様々なジャンルをプレゼンしてもらいましたが、共通して言えるのは「文脈や意味を外して対象を見る」というスタンス。これは冒頭の「ソトの目」にも通じる感覚で、イベントではさらに「宇宙人の目」という言葉も出ました。

大山さんは、ゴルフ練習場を、駅の構内にある生け花を、クリスマス電飾を、まるで地球にやって来た宇宙人のような目で不思議そうに見る。大山さんの写真を見た私たち地球人は、自分が日常を「見たつもりになっていた」「知っているつもりになっていた」ことを思い知らされます。それは写真に限らず、マンション広告のコピーや車のカラーの名前など「言葉もの」についても同じ。大山さんは当たり前の日常の中にあるものを「なんだこれは?」と立ち止まって見つめ、しつこく鑑賞し続けます。文脈や意味から切り離して、対象をとことん見続ける。その先に、やっと発見することのできる何かがある。その新しい価値を表す言葉を、まだ私たちは持っていないのかもしれません。

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いろんなところで何度か書いていますが、私の活動のテーマは「見たことあるのに見えてなかった」。これはもともと、かつて大山さんと一緒にやったスライドトークイベントのフライヤー用につくったキャッチコピーでした。13年前のことです。「見たことあるのに見えてなかった」ものを追い求め、そこに興奮してしまう性格は、私に関しては今も変わっていません。私が大山さんの写真や記事に惹かれるのも、「見たことあるのに見えてなかった」といつも思わせてくれるからです。

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「都市鑑賞年表」、今回は大正期までの話で終わってしまったので、その後についてもいつかどこかでお話しできればと思っています。例えば70年代から活動を続けている名古屋の野外活動研究会は、あまり広く知られていませんが、都市鑑賞史を語る上で外せない存在だと私は思っています。代表の岡本信也さんはお会いしてみたい方の一人。

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ところで、イベントの前に希望者10数人で一緒に街歩きをしました。これまでにも何度か経験したことですが、他人と一緒に歩くのはいいものだなあとあらためて思いました。一人でゆっくり歩くのも楽しいのですが、誰かと歩いて「目玉の交換」をするのもまた楽しい。

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同じ道を歩いていても、みんなそれぞれ違う場所で立ち止まって、違う方向にカメラを向けます。「自分たちはみんな違う人間なんだ」ということが目の前ではっきり分かる。ここには一種の断絶があるわけです。でも、街を見るのが楽しいという、その一点でつながって同じ道を歩いてる。私はそれを思うと、なんだかうれしくなるのです。

タグ:都市鑑賞
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2017年01月30日

イベント:「都市鑑賞論」大山顕×内海慶一

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vol.1「公園にはすべり台を見に来た」
vol.2「『街角図鑑』出版記念イベント」
vol.3「路上観察レジェンドDay」
と開催してきたスライドトークイベントの第4弾が決まりました。

今回のゲストは私と同い年の友人、フォトグラファー&ライターの大山顕さん。『工場萌え』や『団地の見究』などの著書で知られています。

第4弾のタイトルは「都市鑑賞論」。

今回は写真のプレゼンだけでなく、“街を見る”という行為そのものについて2人が考えてきたことを話し合ってみようと思っています。

これまでに大山さんが発表してきた様々な「鑑賞ジャンル」を見せてもらいながら、同時に、大正の考現学から現在のSNSの写真シェア文化にいたる「都市鑑賞ヒストリー」を振り返りつつ、「私たちはなぜ、ある種の『景観』に惹かれてしまうのか」を考えてみたいと思います。



日本ピクトさん学会presents
スライドトークイベントvol.4
「都市鑑賞論」

【出演】
大山顕/フォトグラファー、ライター。著書『工場萌え』『団地の見究』『高架下建築』『ジャンクション』『共食いキャラの本』、他。「デイリーポータルZ」のライターとして10年以上にわたり活躍中。 Twitter: @sohsai
内海慶一/日本ピクトさん学会会長。主に文筆業。著書『ピクトさんの本』『100均フリーダム』 寄稿『街角図鑑』『路上と観察をめぐる表現史ー考現学の現在ー』 Twitter: @pictist

【日時】
2017年3月4日(土) 19:00〜21:00(開場18:30)

【会場】
KAMP(岡山市北区奉還町3-1-35)

【料金】
2500円(1ドリンク付き)

【予約】
下記メールアドレス宛てに、お名前と予約人数、電話番号をお送りください。
picto@mx35.tiki.ne.jp (内海慶一)
*3日以内に返信いたします。




追記:当日15:30〜17:00に街歩きをします。
参加希望の方は15:30までにKAMP前に集合してください。
ルートは厳密に考えてませんが、
二十四ヶ坪地下道 http://pictist.exblog.jp/27019747/
を通って戻ってこようと思ってます。
みんなで一緒に歩くだけです。

会場のKAMPはイベントが始まる1時間くらい前までは
普通にカフェ営業をしています。
早めに会場に着く方は中で食事やお茶をしながら
過ごしていただくこともできます。
また、近くに「ドットカフェ」「オンサヤ」という
カフェもあるので(検索してね)どうぞご利用ください。

ツイッターのハッシュタグ #都市鑑賞論

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タグ:都市鑑賞
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