2021年11月13日

笠岡の立体交差

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岡山県笠岡市にある稲富稲荷神社の参道は、珍しい様相を呈している。神社は古城山という山の中腹にあるのだが、ふもとから山へ続く道が鉄道をまたいでいるのだ。跨線橋が参道の一部になっている。

しかもその跨線橋の上を、県道の高架が覆いかぶさるようにまたいでいる。

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最初に存在していたのはもちろん神社と参道だ。神社じたいは江戸時代以前からあるそうだが、参道の入口にある燈籠や石橋、鳥居などの石造物、備前焼でできた狛犬などは江戸時代のもの。

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1891年(明治24年)、山陽鉄道(現在のJR山陽本線)が笠岡駅まで延伸され、古城山のふもとに鉄道が敷設された。その際に山裾を削り、跨線橋を設けたのだろう。



航空写真を見ると、このルートに鉄道を敷いたわけが分かる。山と山のわずかな隙間を縫うしかなかったのだ。

さらに平成時代、1993年に岡山県道60号倉敷笠岡線が認定される。高架がつくられた年は調べてないが、90年代の後半あたりだろう。1994年の航空写真には写っておらず、2002年の航空写真には写っている。

こうして江戸時代の参道、明治時代の鉄道、平成時代の高架(昭和時代のアスファルト道路を入れてもいい)が一堂に会する場となったのである。

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写真家の大山顕は、東京の日本橋を「各時代の交通インフラが地層のように表れている得がたい地点」だと言う。(※1)

15世紀以降に整備された日本橋川、明治時代につくられた日本橋(19代目)、昭和時代につくられた首都高が、この場所に積み重なっている。さらに地下には銀座線も通っている。

大山は「日本橋の風景は首都高があるからこそすばらしい」と述べ、「悪い景観」論に異を唱える。交通・物流の歴史が集積した「土木のミルフィーユ」である日本橋の景観は、だからこそ見ごたえがあるのだと。

この笠岡の立体交差も、そうした視点を導入して見ると「各時代のインフラが交差している地点」だと分かる。しかもただの交差ではない。「江戸時代」の下を「明治時代」が貫き、その接点は跨線橋という姿で融合している。ミルフィーユ以外の食べものに喩えたくなるところだ(なんだろう)。

さらにその上には、県道の高架という「平成時代」が乗っている。

これも大山の言を借りるなら、ここには「異なるモードの交通の衝突」があり、先行利用と後行利用のスリリングな「つばぜり合い」がある。私もそうした歴史の集積地として「笠岡の立体交差」を鑑賞したい。

踏み固められた土。御影石の階段。煉瓦の基礎。アスファルトの道路。鉄道。擁壁。コンクリートと鋼の高架。ここは古今の土木がぶつかり合う、希有なスポットだ。

※1 写真集『立体交差 ジャンクション』所収「立体交差論」(本の雑誌社、2019年)

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posted by pictist at 20:43| 都市鑑賞