2024年06月17日

岡崎隼人『だから殺し屋は小説を書けない。』

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岡山在住の小説家、岡崎隼人さんの『だから殺し屋は小説を書けない。』を読んだ。発売されたのは今年の3月。本作は、第34回メフィスト賞受賞作家による18年ぶりの新作である。これは主人公の殺し屋が、ある小説家に出会って「生まれ直す」物語だ。

※以下、本作後半の展開に触れます。

主人公は第二章のラストで重傷を負って海に沈む。彼は、一度は死を受け入れる。「やっと終わる」と思う。死という安寧に身を委ねる。しかし自分と一緒に沈むボールペンに気づき、それを握りしめ、再び生きようとする。そのボールペンは、彼が敬愛する小説家のものだ。

彼に「生きたい」と思わせたものが「小説家のペン」だったことに、私は心を動かされる。それは、岡崎隼人という作家自身の祈りのようだ。長いブランクを経て復活した著者が、海底を蹴って浮上する主人公の姿に重なる。暗い海面から顔を出して思い切り呼吸をしたとき、彼はもう一度生まれたのだ。

岡崎さんによると、すでに次作を執筆中とのこと。楽しみです。

『だから殺し屋は小説を書けない。』
著者/岡崎隼人
出版社/講談社
発売日/2024年3月14日
定価/2090円(本体1900円)
ページ数/288ページ
ISBN/978-4-06-534810-9

版元ページ→ 講談社BOOK倶楽部|だから殺し屋は小説を書けない。


posted by pictist at 11:33| レビュー

2024年06月12日

平井貯木場跡と岡山ガス揚炭施設跡

以前、「川に並ぶT字(旭川ケレップ水制群)」という記事を書いた。岡山市の旭川左岸にある治水施設、ケレップ水制を紹介したものだ。

同じ旭川に、ケレップ水制に似た石積みの突堤(波止)が2ヶ所ある。ケレップ水制に挟まれるようにして並んでいるので、混同してしまうかもしれない。どちらもケレップ水制と同時期につくられた土木構造物だ。

一つは岡山市中区平井地区にある平井貯木場跡(1937年/昭和12年竣工)。県北で伐採して運んできた木材を一時的に貯蔵するためにつくられた施設で、1932年(昭和7年)から開始された旭川改修工事の附帯工事として建設された。

一級河川に設置され、しかも河道断面の半分を占めるほどの貯木場は、全国的にも類例がない。また、瀬戸内・九州エリアの護岸などでよく見られる巻石構造でつくられているのも特徴だ。



※写真はすべてクリック(タップ)で拡大できます

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河道側から堤防側・上流方向を向いたところ。右端にホテルUSAが見える。

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河道側から堤防側を向いたところ。正面にホテルUSAが見える。鉄塔の下あたりに見えているのは平井排水樋門。

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平井排水樋門。平井貯木場はもともと2面だったが、1979年(昭和54年)に平井排水樋門が設置されたことで上流側の貯木場が2つに分断され、現在は3面になっている。

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堤防側から河道側を向いたところ。奥へまっすぐ伸びているのが分断部の石積み。上記の事情を踏まえると、この分断部の石積みは平井排水樋門が設置された1979年(昭和54年)につくられたことになるが、その時代にわざわざ石積みでつくったというのは面白い。

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堤防側から河道側・下流方向を向いたところ。

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排水路で分断された2面のうち、下流側の貯木場跡。

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これも排水路で分断された2面のうち、下流側の貯木場跡。

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排水路で分断された2面のうち、上流側の貯木場跡。

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排水路で分断された2面のうち、上流側の貯木場跡。

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排水路で分断された2面のうち、上流側の貯木場跡。目の前の石積みは上流側の北端部なので、竣工時のもの。後年つくられた上掲の分断部の石積みとは違い、はっきりと巻石構造になっているのが分かる。

あと鉄塔がかっこいい。

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排水路で分断された2面のうち、上流側の貯木場跡。河道側から堤防側・下流方向を向いたところで、左側に見えているのが上掲の石積み。

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上流側の北端部に残っているコンクリート製の係船柱。木材を筏にして流す方法で運んでいたので係筏柱と言うべきか。



ケレップ水制と同時期につくられたもう一つの石造構造物が、岡山市中区桜橋地区にある岡山ガス揚炭施設跡(※1 1932年〜1943年竣工/昭和7年〜昭和18年竣工)だ。現在も同地に本社を置く岡山ガス株式会社が建造したもので、船から石炭を搬入するための船着場である。

岡山ガスはそれ以前までは三蟠鉄道(1915年/大正4年開業)で石炭を運んでいたが、1931年(昭和6年)に三蟠鉄道が廃業したため、舟運に切り替えた。

舟運が鉄道輸送へ移行するだけであれば普通だが、再び舟運に戻っているところが面白い。



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突堤の先に立って堤防側を向いたところ。ガスタンクがあるので分かりやすい。

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中央の物体は誘導標の跡だろうか? コンクリート製の基台から鉄柱が伸びている。

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雁木が二つある。下流側には短めの突堤が。

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四角いコンクリート塊が土手へ向かって2つ並んでいる。これは石炭の搬送コンベアを支えていた橋脚だ。

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『岡山瓦斯七十年の歩み』(1983年)に掲載されている航空写真をトリミングしたもの。搬送コンベアが写っているが、この頃にはすでに石炭ガスの製造は廃止されている(1967年よりナフサへ、1979年よりLPGへ変更)。

ボートも写っている。この場所は今でも係船岸として機能しているらしく、何年か前に小船が停泊しているのを見かけたことがある。

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下流側の短い突堤には巻石構造のニュアンスが入っているように感じられる。カマボコ型とまではいかないが、先端にいくほどエッジがゆるやかになっていて巻石っぽい。また、先端がコンクリートになっている点も興味深い。『岡山瓦斯七十年の歩み』に「1948年/船溜り護岸崩壊箇所の修復工事竣工」と書かれているのはこのコンクリート箇所のことかもしれない。

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すぐ隣りのケレップ水制。

平井貯木場跡は『岡山県の近代化遺産』に掲載されているので知っている人は多いと思うが、この岡山ガス揚炭施設跡は近代化遺産として振り返られることがほとんどなく、主だった文献にも載っていない。

前述したように岡山ガス揚炭施設跡もケレップ水制や平井貯木場跡と同じ時代に建造された石造構造物であり、産業遺産の一つでもあるので、見つめなおす価値は十分にあるのではないかと思う。

※1/『岡山瓦斯七十年の歩み』によると1932年(昭和7年)には「揚炭用運河施設は予定通り完了す」とあり、また一方、1943年(昭和18年)には「工事中の網浜工場前揚炭設備は3月31日竣工し揚炭作業開始す」とある。そのため、ここでは竣工年の幅を取って記載した。

【参考文献】
『岡山県の近代化遺産』(岡山県文化財保護協会、2005年)
『岡山瓦斯七十年の歩み』(岡山ガス株式会社、1983年)
「戦前の旭川改修と舟運の整備」(佐合純造、松浦茂樹/土木史研究第19号、1999年)
「西日本石造文化圏における「巻石」構造物-岡山県を中心とした実態調査」(樋口輝久、馬場俊介/土木史研究第18号、1998年)


posted by pictist at 01:44| 都市鑑賞

2024年06月09日

西大寺鑑賞/橋と水路編

「西大寺鑑賞」「西大寺鑑賞2」「西大寺鑑賞3」に続く第4弾です。今回は橋と水路編。西大寺(岡山市東区)は鴨越用水沿いの風景がとても素敵なんです。

以下の写真はここ10年くらいの間に撮ったものなので、現在は多少様子が変わっている場所もあります。

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鴨越(かもごし)用水の上を渡る赤穂線の新田用水橋梁。鴨越用水は新田用水とも西川とも呼ばれます。

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水路沿いのいたるところに雁木があります。こういうふうにコンクリートブロックなどを置いてカスタマイズしてる雁木ってときどきありますよね。

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これは以前も掲載した逆サイフォン(伏せ越し)。新堀川の下を鴨越用水がくぐっている場所です。

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上掲写真と同じ場所を水量の少ない日に撮ったもの。交差するだけではなく逆サイフォン(伏せ越し)なので、川底より一段低くなっていることが分かります。

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新堀橋(しんぼりばし)

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新堀橋

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おや? 護岸に切れ目が……

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これは排水路ではなく、ここから鴨越用水の水を取り入れて、敷地内の庭に池をつくっていた跡なのです。風流ですね。岡山市中心部を流れる西川沿いにも、かつてはそういうお屋敷がいくつかあったそうです。

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奥を見ると石積みになっており、かなり古くにつくられたことが分かります。

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マイ橋と雁木。「マイ橋」についてはいずれきちんと記事にしようと思ってます。自分にとってけっこう重要な鑑賞ジャンルなんですが、重要なだけに、なかなかまとめ作業に取りかかれずにいます。

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雁木もいろんな様式があって鑑賞のしがいがあります。これもそのうちちゃんと記事にまとめたいです。写真はたくさん撮ってるんですが。

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木製のマイ橋。グッときます。

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よき。

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大正橋

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大正橋

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大正橋

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よきカーブ。

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よきカーブ。

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金光橋。岡山市のウェブサイトがなぜかこれを「きんこうばし」と書いてるんですが、「こんこうばし」です。

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こんくわうはし。高欄は平成期に改修されてますが、親柱は竣工時のものです。 塗り替えはされてるみたいですが。

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金光橋

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金光橋

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金光橋

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金光橋

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西川橋

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昭和橋

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昭和橋

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昭和橋

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昭和橋も平成期に改修されてますが、親柱に竣工時の銘板があるので、ここも親柱だけは変わってないのかもしれません。

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雁木

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蔦這うマイ橋

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マイ橋

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西大寺文化資料館(旧伊原木邸)の敷地沿いにある開口部。

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昔は鉄柵がなかったのかもしれませんね。奥に雁木が見えます。

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千歳橋。鴨越用水に架かる橋の中で、現存するものとしてはもっとも古く、1917年(大正6年)竣工です。石造で残っているのもこの橋のみ。

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千歳橋

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千歳橋

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千歳橋の親柱

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千歳橋

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千歳橋と鴨越用水

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千歳橋のそばの雁木

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以前も掲載したグッドビュー。正面の建物は元銭湯。屋根の上に湯気抜きが見えます。

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このあたりのクネクネした水路沿いの道は特にすてきです。

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曲がりくねる水路が「その先で見えなくなる」ところにグッときます。

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少し高低差のあるマイ橋。

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高欄付きのマイ橋。

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蔦這う雁木

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公園に架かる橋。

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反対側から見たところ。奥に見えるのは地蔵橋です。

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荒鍬橋(あらくわばし)。1936年(昭和11年)竣工。高欄は改修されてますが、これも親柱は竣工当時のもののようです。

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荒鍬橋の親柱。奥に見えているのは荒鍬宮へ続く橋。

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荒鍬橋

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鴨越用水沿いに建つ3階建ての建物。ここは高低差のある土地に建つ「ガケンチク」で、反対側からは2階建てに見えます。

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赤マイ橋

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青マイ橋

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神武橋。前掲の荒鍬橋と同じ1936年(昭和11年)竣工です。神武橋は高欄も竣工当時の姿をとどめているのではないかと思います。

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グリルも鑑賞ポイント。

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神武橋のあるあたりは100メートルほどにわたって車道が高くなっており、水路沿いに歩道がつくられています。

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なので神武橋の下をくぐることができます。

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こういう高低差。

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一枚一枚、護岸から突き出す石のステップ。

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マイ橋。桁の下に丸太が見えます。

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ランタナとマイ橋。

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3階建てのガケンチク蔵。

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この水路に降りていく階段、めちゃくちゃ素敵じゃないですか。

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上から見たところ。

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階段の途中に蔵の扉があるんです。

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ここもすごくいい。階段を降りた先に雁木があって、橋がある。

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上から見たところ。

鴨越用水の風景は以上です。

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こちらは新堀川(秋芳川の分流)の風景。Googleマップを見るとなぜかこの川が「吉井川」と記載されてますが、間違いです。奥に見えているのは清水橋。

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左に見えているのは秋芳川排水機場の取水口で、増水時はここから新堀川の水を吉井川へ排出します。

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秋芳川排水機場のポンプ施設は野球グラウンドの地下にあります。

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秋芳川排水機場の向かい側。大正時代の水道栓が残っています。

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かつてはこの雁木で高瀬舟の荷の揚げ降ろしをしていたそうです。

以下は西大寺のまちを流れる名もなき水路の風景です。

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ここは鴨越用水の分流。カーブする石積みってなんでこんなにいいんだろう。

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1902年(明治35年)創業、大森自転車商会の脇を流れる水路。

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焼き杉と水路。

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暗渠もあちこちにあります。

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水の流れが見えてくるような小道。「ちょっと曲がった道」もご参照ください。

西大寺は観音院や五福通りが有名ですが、すぐそばにこんなに素敵な水路が流れているので、機会があったらぜひ散策してみてください。


posted by pictist at 01:05| 都市鑑賞