11月27日、岡山芸術交流2022が閉幕しました。今年の夏頃、このイベントに制作スタッフとして参加の依頼をいただいたのですが、辞退しました。
岡山芸術交流には、第1回の2016年、第2回の2019年と、これまでに2度「パブリックプログラム」の仕事で参加しています。今回もその流れでお誘いいただき、私としてもできれば引き受けたかったのですが、どうしてもこのイベントに関わる気持ちになれなかったのでお断りしました。
理由は、2020年にセクシャル・ハラスメント(性加害)報道でストライプインターナショナルの社長を辞任した石川康晴氏が総合プロデューサーとして参加していたからです。石川氏は報道をきっかけに内閣府の男女共同参画会議の議員も辞職しています。
朝日新聞は「石川氏が地方視察した際、女性の店舗スタッフを朝にホテルに呼び出し、本人の同意がないままわいせつな行為に及んだ」と報じています(2020年3月4日)。
石川氏は「複数の女性社員に不適切な行為をしたと疑われるやり取りがあった」として、ストライプインターナショナル社の査問会で厳重注意処分を受けています(日本経済新聞2020年3月6日)。
私は2016年の第1回目のときに「岡山芸術交流オルタナティブマップ」を企画・制作(共作)しました。街角の看板や建物など、岡山市街地にあるさまざまなモノを「作品」として鑑賞するという主旨の、街歩きマップ(パンフレット)です。3部作、全90スポットを紹介しています。
岡山でずっと都市鑑賞活動をしてきた者として、自慢できる作品をつくることができたと今でも思っています。
また、2019年の第2回では、オルタナティブマップを発展させる形で「みんなで見つける おかやま街角鑑賞」というイベントを開催しました。多くの方にご参加いただき、交流することができました。有意義なイベントになったと思います。
今回、過去2回にわたって一緒に仕事をしてきた仲間や、お世話になった関係者の方々と別れるのはとてもつらい選択でした(個別の連絡は続けています)。
また、弱小フリーランサーとして生きている自分にとっては、シンプルに仕事を失うという点でも苦しい選択でした。今後のことを考えても、引き受けたほうが得だったかもしれません。
でも人にはそれぞれ、生理的に無理なことがあります。もし辞退しなかったら、自分はこの先ずっと後悔し続けるだろうと思いました。
以上を、ここに記録として書き残しておきます。
私たちの社会では、昔も今も女性という属性は抑圧され、虐げられています。ましてやそこに権力の勾配が加わったとき、個々の女性が圧倒的に不利な立場に置かれることは明白です。
私は男性なので、生まれたときから有利な側(加害側の属性)にいる人間として、自分の環境を当たり前のものとせず、この現実について真摯に考え続けなければならないと思っています。
本件で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
2022年12月30日 内海慶一
2022年12月30日
岡山芸術交流2022参加辞退の経緯
posted by pictist at 12:09| あれこれ
2022年12月28日
2022年に消滅した建物(岡山市)
岡山ロッツ(岡山市北区中山下)
12月現在、解体工事中です。











岡山ロッツと天満屋をつないでいた「道路の上空に設ける通路」




地下の階段。この手すり、好きでした。

柳川交差点北東の建物群(岡山市北区蕃山町)
12月現在、2棟だけ残存していますが、それも来年にはなくなるでしょう。この一帯は再開発エリアになっています。





12月現在、このビルは残存しています(足場は組まれている)。ちゃんと調べてませんが、おそらく昭和30年代にできた建物だと思います。2階の足もとのガラスブロックがすごい。

中はこんな感じでした。



裏側。


いい経年色のコンクリートでした。鉢植えもすてき。




路地の奧へ入っていくと……

富吉稲荷という祠がありました。




岡山県開発公社ビルと柳川交番


山岡ハウス

新古美術 写楽さん、いい装テンでした。現在は寿町に移転して営業されています。

旧岡山メルパ(岡山市北区駅前町、1988年竣工)
現在は中山下の旧ジョリー東宝が岡山メルパに名前を変えて営業しています。




【合わせて読みたい】
2021年に消滅した建物(岡山市)
12月現在、解体工事中です。











岡山ロッツと天満屋をつないでいた「道路の上空に設ける通路」




地下の階段。この手すり、好きでした。

柳川交差点北東の建物群(岡山市北区蕃山町)
12月現在、2棟だけ残存していますが、それも来年にはなくなるでしょう。この一帯は再開発エリアになっています。





12月現在、このビルは残存しています(足場は組まれている)。ちゃんと調べてませんが、おそらく昭和30年代にできた建物だと思います。2階の足もとのガラスブロックがすごい。

中はこんな感じでした。



裏側。


いい経年色のコンクリートでした。鉢植えもすてき。




路地の奧へ入っていくと……

富吉稲荷という祠がありました。




岡山県開発公社ビルと柳川交番


山岡ハウス

新古美術 写楽さん、いい装テンでした。現在は寿町に移転して営業されています。

旧岡山メルパ(岡山市北区駅前町、1988年竣工)
現在は中山下の旧ジョリー東宝が岡山メルパに名前を変えて営業しています。




【合わせて読みたい】
2021年に消滅した建物(岡山市)
posted by pictist at 23:02| 都市鑑賞
2022年12月26日
2022年の活動記録
・『八画文化会館vol.9 商店綜合型録』に装飾テントの鑑賞記事を寄稿しました。装テン(装飾テント)は2016年にも『街角図鑑』に寄稿しています。かれこれ14年ほど装テン鑑賞を続けているので、いいかげんどこかのタイミングで一冊の本にまとめたいなとは思ってるんですが、思ってるだけでなかなか手をつけることができてません・・・
でもこの世の中に装テンの本が存在してないのって、おかしいと思いませんか。私はおかしいと思う。誰かがやらなきゃいけない。
・あとペッ景(ペットボトルのある風景)も10数年にわたって写真を撮ったり起源を調べたりしてるんですが、これは来年には印刷物にしようと思っています。今年はその準備にけっこう時間を使いました。
ペッ景の本にニーズなどないことは分かってるんですが、でもたとえニーズがなくてもつくらなきゃならない、そういうものってあると思うんですよ。人には。ときとして。
・2021年に「棕櫚俳句を鑑賞する」を寄稿したZINE『写真とまんがと文 シュロ2』が増刷されました。めでたい。シュロの本がそんなに売れるなんて、世の中まだまだ捨てたもんじゃないですね。その後も棕櫚俳句の鑑賞は続けているので、いつか続編を書きたいと思っています。
・型板ガラスの収集・調査活動は今年で一段落した感じです。ネット上には載ってない新しい発見がたくさんありました。
最近は型板ガラスを使った雑貨づくりをされている方が増えてて、それはそれですてきだなとは思うんですが、やっぱり私は実際に窓ガラスに使われている型板ガラスを見るのが好きなんですよね。だから写真も「窓の佇まい」を含めて撮ってます。
でもこの世の中に装テンの本が存在してないのって、おかしいと思いませんか。私はおかしいと思う。誰かがやらなきゃいけない。
・あとペッ景(ペットボトルのある風景)も10数年にわたって写真を撮ったり起源を調べたりしてるんですが、これは来年には印刷物にしようと思っています。今年はその準備にけっこう時間を使いました。
ペッ景の本にニーズなどないことは分かってるんですが、でもたとえニーズがなくてもつくらなきゃならない、そういうものってあると思うんですよ。人には。ときとして。
・2021年に「棕櫚俳句を鑑賞する」を寄稿したZINE『写真とまんがと文 シュロ2』が増刷されました。めでたい。シュロの本がそんなに売れるなんて、世の中まだまだ捨てたもんじゃないですね。その後も棕櫚俳句の鑑賞は続けているので、いつか続編を書きたいと思っています。
・型板ガラスの収集・調査活動は今年で一段落した感じです。ネット上には載ってない新しい発見がたくさんありました。
最近は型板ガラスを使った雑貨づくりをされている方が増えてて、それはそれですてきだなとは思うんですが、やっぱり私は実際に窓ガラスに使われている型板ガラスを見るのが好きなんですよね。だから写真も「窓の佇まい」を含めて撮ってます。
タグ:活動記録
posted by pictist at 02:44| あれこれ
2022年12月25日
2022年に書いた都市鑑賞系の記事一覧

・岡山の「継承物件」
・旧内山下小学校の記録
・岡山市のネオンサイン
・400年の歩道橋
・岡山駅前タクシー行灯コレクション
・西大寺鑑賞
・地下道と暗渠の立体交差
・岡山市の鏝絵3種
・街角のオールド公会堂
・瀬戸町鑑賞
・岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)
・ルネスホール(旧日本銀行岡山支店)
・旧佐波浄水場配水池
・奉還町ロスト散歩
・戦災焼失地の内と外(3)
・洋品店コレクション
・相生橋水位観測所
・旭川の新堰管理橋
・瀬戸大橋と与島ループ橋
・復興の象徴としての月見橋
・上之町會館の記録
・マイ鳥居
・新西大寺町商店街の看板コレクション
・旧内山下小学校の記録2
・京橋(岡山)のすてきな橋脚
・現存最古「京橋水管橋」
・型板ガラスコレクション(日本板硝子編)
・型板ガラスコレクション(セントラル硝子編)
・型板ガラスコレクション(旭硝子編_前編)
・型板ガラスコレクション(旭硝子編_後編)
・型板ガラス_ソフト系と石目系
・型板ガラス_モールとダイヤ
・フォードと型板ガラス
・型板ガラス「アラビヤン」と「クローバ」
・「路上の文庫、または都市を鑑賞する文庫」
・2022年に消滅した建物(岡山市)
>>2021年に書いた都市鑑賞系の記事一覧
タグ:都市鑑賞
posted by pictist at 20:49| 都市鑑賞
2022年12月18日
「路上の文庫、または都市を鑑賞する文庫」
2年前。『本の雑誌』増刊号『おすすめ文庫王国2021』に寄稿したエッセイ「路上の文庫、または都市を鑑賞する文庫」を以下に全文転載します。

「路上の文庫、または都市を鑑賞する文庫」
内海慶一
『考現学入門』今和次郎 藤森照信・編(ちくま文庫)
『考現学入門』は今和次郎の考現学関連エッセイを選り抜いて一冊にまとめたものだ。考現学とは、同時代の風俗や事物をスケッチ・統計等によって記録し、観察する学問のこと。提唱者の今和次郎は「何百年かの後の考古学者に余分な手数をかけさせないようにと現代の物の記録を作っておく」と冗談めかして説明している。彼はスケッチブックを片手に路上を歩きまわった。そして道行く人の服装から民家の雨樋、門柱、柵、火の見櫓、果ては野良犬まで、多様な対象を「採集」した。
本書を開けば、100年近く前の人々の生活や、街の断片を見ることができて興味深い。しかしそれより重要なのは、「ありふれたもの」を見つめた彼の目線そのものだ。
私も長年、考現学と似たような「都市鑑賞」活動を続けているのだが、よく知っているはずの日常を凝視していると、いわく言いがたい、ある独特な感動を覚えることがある。本書の価値は、時代は違えど、そうした目線を獲得する手がかりとなる点にあると思う。
今和次郎は「考現学とは何か」と題した文章の中でこう述べている。
「(考現学の)仕事に従事している間、われわれはわれわれ自身もそこで生活している舞台だということを忘れているのである」
つまり、まるで外国人か宇宙人のような眼で、自身の住む街を外側から見ようとしているのだ。
『考現学入門』の編者である建築家・建築史家の藤森照信もまた、そうした「ソトの眼」を持つ人物である。
『建築探偵の冒険 東京篇』藤森照信(ちくま文庫)
大学院で建築史を研究していた藤森は、仲間と「建築探偵団」を名乗り始める。建築探偵はカメラと地図を携えて路上を巡り、近代洋風建築をかたっぱしから見てまわった。この活動の中で藤森はある「発見」をする。
それは、東京の下町では誰もが目にしているはずの建築だった。ありふれていて気にもとめないものだった。しかし藤森の眼だけが、それを意味のあるものとして捉えた。
それは藤森によって「看板建築」と命名された。看板建築とは、建物のファサード(正面)を平板な衝立のようにして、銅板やモルタルなどで覆った木造の店舗併用住宅を指す。これらは関東大震災後の復興期につくられた町屋で、店主自身や大工によって設計された。画家が設計したケースもあったという。建築家の手によるものではないので、それまで研究対象にされたことはなかった。しかし藤森は看板建築に惹かれ、熱心に調査を重ね、学会で発表した。
誰もが見たことのあるもの・知っているものが、新しい眼によって「発見」される。私はこうしたできごとにとても興味がある。
『建築探偵の冒険 東京篇』で藤森は、看板建築のほか、東京駅や皇居前広場など、都民にとっては身近なスポットを独自の視点で鑑賞している。渋沢栄一を取り上げた最終章「東京を私造したかった人の伝」では、こんなことを書いている。
「街をほっつき歩いていると、異空間にまぎれ込んでしまったような気分に襲われる時がある。たいてい、こうした場所は、大通りからちょっと斜めに入り込んだあたりに広がっていて(中略)ここだけ時間がゆっくり流れているみたいに感じられる」
街歩きが好きな人には馴染みのある感覚だろう。ただ、私は街歩きや都市鑑賞を趣味に持つ前から、このような気分を知っていた気がする。10代の頃に読んだ萩原朔太郎の短編小説「猫町」は、私がありふれた街並みに魅力を感じるようになるきっかけとなった作品だ。
『猫町 他十七篇』萩原朔太郎(岩波文庫)
「猫町」の語り手「私」は、ある日、散歩をしている途中で道に迷う。自宅からそれほど離れていない見知った街だったが、ふと知らない横丁を通り抜けて方角を見失ってしまう。
「私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。(中略)ふと或る賑やかな往来へ出た。それは全く、私の知らない何所かの美しい町であった」
「私」は偶然出くわした趣きのある街並みを見て「一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう」と驚く。しばらく見とれていると、突然「私」の知覚が反転する。
「その瞬間に、私の記憶と常識が回復した。気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである」
知っている街並みを、いつもとは逆の方向から見ているだけだったのだ。
「この魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。(中略)そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった」
ここまでが「猫町」の前半。後半で語り手の「私」はさらに不思議な体験をすることになる。この知覚の錯誤についての物語は、10代の私に大きな影響を与えた。世界は一種類だけではないのだ、と思った。
朔太郎は、この蠱惑的な日常世界を「景色の裏側」と表現した。私は、海外で出会うような非日常世界とは別に、自宅から数キロメートル内の日常の中にも非日常世界があることを知った。
『猫町 他十七篇』には小説のほかに散文詩や随筆が収録されており、自由詩以外の朔太郎を知るには最適な一冊となっている。散文詩「坂」や随筆「秋と漫歩」が特におすすめだ。朔太郎はいつも、路上で思索に耽っていた。
「猫町」を読んでありふれた街並みを意識的に見始めた頃、城昌幸の「ママゴト」という掌編小説に出会った。
『城昌幸集 みすてりい ―怪奇探偵小説傑作選4―』城昌幸(ちくま文庫)
『城昌幸集 みすてりい ―怪奇探偵小説傑作選4―』には54の掌編が収められており、「ママゴト」はその中の一編だ。本作の語り手は、散歩中にふとした好奇心から、ある門前町へ入る。総門から寺まで続く道の両側には、数軒ずつ古風な店屋が並んでいる。荒物屋、呉服屋、酒屋、駄菓子屋、古道具屋、茶店。
後日、語り手は、この門前町のすべては一個人が趣味でつくったものだと知る。それぞれの店屋に主はおらず、ただ建物が並んでいるだけだったのだ。
「映画のセットのようなものだと云う。だがセットのように裏側がないというようなものではなく、きちんとした一軒のうちに造ってある。家財道具は勿論のこと、物干まで、ちゃんと出来ている」
寺を含めて、店屋すべてをわざわざその人物が建てたというのだ。そしてママゴトを遊ぶかのように、その実物大の箱庭を愛で、愉しんでいるのだという。
この短い物語を読んだあとに路上を歩いていると、「この街並みも空虚なつくりものなのではないか」と感じる瞬間がある。その一瞬の錯覚は、私になにかのヒントを与えてくれているように思う。そこには「景色の裏側」へ通じる扉が見え隠れしている。
著者の城昌幸自身、街並みや家々の佇まいを眺めるのが好きだったようで、毎日夕方になると必ず散歩に出かけていたそうだ。江戸川乱歩は城昌幸を「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と評したが、城が散歩好きだったことを踏まえると、この言葉の味わいがさらに深まる。
これらの散歩者・都市鑑賞者たちを遡ったとき、思い浮かぶ人物の一人が国木田独歩である。
『武蔵野』 国木田独歩(新潮文庫)
1898年(明治31年)に発表された「武蔵野」は、当時20代の若者だった国木田が、それまで誰も注目していなかった郊外の雑木林(落葉林)に美を見出し、その情趣を描いた散文作品だ。雑木林は薪炭林であり、人が常に手を入れて管理している二次林である。彼は、林と民家が入り交じり、自然と生活が絡み合うこの地の散策がいかに面白いかを綴った。
国木田はこう述べる。
「元来日本人はこれまで楢の類の落葉林の美を余り知らなかった様である。林といえば重に松林のみが日本の文学美術の上に認められて居て、歌にも楢林の奥で時雨を聞くという様なことは見当らない」
このように彼は、自分が日本の伝統的な美意識の外側にいる(外側へ出られた)ことを自覚していた。
国木田はなぜ「ソトの眼」を獲得することができたのだろうか。彼はそのきっかけも本文で明かしている。ツルゲーネフの小説「あいびき」に出てくる自然描写を読んだことで「落葉林の趣きを解するに至った」というのだ。国木田は現実の武蔵野そのものではなく、創作物(それも異国の)を通して武蔵野の風景に魅力を感じ始めた。
これと似た感覚に思い当たる人は多いのではないだろうか。小説以外でもいい。漫画、アニメ、映画、ゲームなどの創作物に触れて風景の見え方が変化したことはないだろうか。「あの作品に登場した風景みたいだ」と思うことによって、たとえば電信柱が、たとえば集合住宅が、たとえば橋梁が、突然輝き始める。
風景じたいは以前と変わっていない。変わったのは自分の眼だ。
本作の後半で国木田は、東京は「武蔵野」ではないが、東京の町はずれは「武蔵野」の一部であると言い、その趣を称えている。地理的な定義ではなく、概念としての私的な「武蔵野」を提示しているのだ。
「夏の短夜が間もなく明けると、もう荷車が通りはじめる。ごろごろがたがた絶え間がない。九時十時となると、蝉が往来から見える高い梢で鳴きだす、だんだん暑くなる。砂埃が馬の蹄、車の轍に煽られて虚空に舞い上がる」
これを読んだ当時の読者は、ツルゲーネフを読んだ国木田と同じ経験をしただろう。よく知っているはずの見慣れた郊外が、突然、詩情を帯びた特別な地となって輝き始めたに違いない。
『武蔵野』は国木田の初期作18編を収めた第一作品集。著者が当時20代だったことを思い出しながら、「新世代」の文学者の誕生に立ち会ってほしい。
『おすすめ文庫王国2021』(本の雑誌社)
880円(税込)
2020年12月7日発売
ISBN-10 : 4860114523
ISBN-13 : 978-4860114527

「路上の文庫、または都市を鑑賞する文庫」
内海慶一
『考現学入門』今和次郎 藤森照信・編(ちくま文庫)
『考現学入門』は今和次郎の考現学関連エッセイを選り抜いて一冊にまとめたものだ。考現学とは、同時代の風俗や事物をスケッチ・統計等によって記録し、観察する学問のこと。提唱者の今和次郎は「何百年かの後の考古学者に余分な手数をかけさせないようにと現代の物の記録を作っておく」と冗談めかして説明している。彼はスケッチブックを片手に路上を歩きまわった。そして道行く人の服装から民家の雨樋、門柱、柵、火の見櫓、果ては野良犬まで、多様な対象を「採集」した。
本書を開けば、100年近く前の人々の生活や、街の断片を見ることができて興味深い。しかしそれより重要なのは、「ありふれたもの」を見つめた彼の目線そのものだ。
私も長年、考現学と似たような「都市鑑賞」活動を続けているのだが、よく知っているはずの日常を凝視していると、いわく言いがたい、ある独特な感動を覚えることがある。本書の価値は、時代は違えど、そうした目線を獲得する手がかりとなる点にあると思う。
今和次郎は「考現学とは何か」と題した文章の中でこう述べている。
「(考現学の)仕事に従事している間、われわれはわれわれ自身もそこで生活している舞台だということを忘れているのである」
つまり、まるで外国人か宇宙人のような眼で、自身の住む街を外側から見ようとしているのだ。
『考現学入門』の編者である建築家・建築史家の藤森照信もまた、そうした「ソトの眼」を持つ人物である。
『建築探偵の冒険 東京篇』藤森照信(ちくま文庫)
大学院で建築史を研究していた藤森は、仲間と「建築探偵団」を名乗り始める。建築探偵はカメラと地図を携えて路上を巡り、近代洋風建築をかたっぱしから見てまわった。この活動の中で藤森はある「発見」をする。
それは、東京の下町では誰もが目にしているはずの建築だった。ありふれていて気にもとめないものだった。しかし藤森の眼だけが、それを意味のあるものとして捉えた。
それは藤森によって「看板建築」と命名された。看板建築とは、建物のファサード(正面)を平板な衝立のようにして、銅板やモルタルなどで覆った木造の店舗併用住宅を指す。これらは関東大震災後の復興期につくられた町屋で、店主自身や大工によって設計された。画家が設計したケースもあったという。建築家の手によるものではないので、それまで研究対象にされたことはなかった。しかし藤森は看板建築に惹かれ、熱心に調査を重ね、学会で発表した。
誰もが見たことのあるもの・知っているものが、新しい眼によって「発見」される。私はこうしたできごとにとても興味がある。
『建築探偵の冒険 東京篇』で藤森は、看板建築のほか、東京駅や皇居前広場など、都民にとっては身近なスポットを独自の視点で鑑賞している。渋沢栄一を取り上げた最終章「東京を私造したかった人の伝」では、こんなことを書いている。
「街をほっつき歩いていると、異空間にまぎれ込んでしまったような気分に襲われる時がある。たいてい、こうした場所は、大通りからちょっと斜めに入り込んだあたりに広がっていて(中略)ここだけ時間がゆっくり流れているみたいに感じられる」
街歩きが好きな人には馴染みのある感覚だろう。ただ、私は街歩きや都市鑑賞を趣味に持つ前から、このような気分を知っていた気がする。10代の頃に読んだ萩原朔太郎の短編小説「猫町」は、私がありふれた街並みに魅力を感じるようになるきっかけとなった作品だ。
『猫町 他十七篇』萩原朔太郎(岩波文庫)
「猫町」の語り手「私」は、ある日、散歩をしている途中で道に迷う。自宅からそれほど離れていない見知った街だったが、ふと知らない横丁を通り抜けて方角を見失ってしまう。
「私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。(中略)ふと或る賑やかな往来へ出た。それは全く、私の知らない何所かの美しい町であった」
「私」は偶然出くわした趣きのある街並みを見て「一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう」と驚く。しばらく見とれていると、突然「私」の知覚が反転する。
「その瞬間に、私の記憶と常識が回復した。気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである」
知っている街並みを、いつもとは逆の方向から見ているだけだったのだ。
「この魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。(中略)そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった」
ここまでが「猫町」の前半。後半で語り手の「私」はさらに不思議な体験をすることになる。この知覚の錯誤についての物語は、10代の私に大きな影響を与えた。世界は一種類だけではないのだ、と思った。
朔太郎は、この蠱惑的な日常世界を「景色の裏側」と表現した。私は、海外で出会うような非日常世界とは別に、自宅から数キロメートル内の日常の中にも非日常世界があることを知った。
『猫町 他十七篇』には小説のほかに散文詩や随筆が収録されており、自由詩以外の朔太郎を知るには最適な一冊となっている。散文詩「坂」や随筆「秋と漫歩」が特におすすめだ。朔太郎はいつも、路上で思索に耽っていた。
「猫町」を読んでありふれた街並みを意識的に見始めた頃、城昌幸の「ママゴト」という掌編小説に出会った。
『城昌幸集 みすてりい ―怪奇探偵小説傑作選4―』城昌幸(ちくま文庫)
『城昌幸集 みすてりい ―怪奇探偵小説傑作選4―』には54の掌編が収められており、「ママゴト」はその中の一編だ。本作の語り手は、散歩中にふとした好奇心から、ある門前町へ入る。総門から寺まで続く道の両側には、数軒ずつ古風な店屋が並んでいる。荒物屋、呉服屋、酒屋、駄菓子屋、古道具屋、茶店。
後日、語り手は、この門前町のすべては一個人が趣味でつくったものだと知る。それぞれの店屋に主はおらず、ただ建物が並んでいるだけだったのだ。
「映画のセットのようなものだと云う。だがセットのように裏側がないというようなものではなく、きちんとした一軒のうちに造ってある。家財道具は勿論のこと、物干まで、ちゃんと出来ている」
寺を含めて、店屋すべてをわざわざその人物が建てたというのだ。そしてママゴトを遊ぶかのように、その実物大の箱庭を愛で、愉しんでいるのだという。
この短い物語を読んだあとに路上を歩いていると、「この街並みも空虚なつくりものなのではないか」と感じる瞬間がある。その一瞬の錯覚は、私になにかのヒントを与えてくれているように思う。そこには「景色の裏側」へ通じる扉が見え隠れしている。
著者の城昌幸自身、街並みや家々の佇まいを眺めるのが好きだったようで、毎日夕方になると必ず散歩に出かけていたそうだ。江戸川乱歩は城昌幸を「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と評したが、城が散歩好きだったことを踏まえると、この言葉の味わいがさらに深まる。
これらの散歩者・都市鑑賞者たちを遡ったとき、思い浮かぶ人物の一人が国木田独歩である。
『武蔵野』 国木田独歩(新潮文庫)
1898年(明治31年)に発表された「武蔵野」は、当時20代の若者だった国木田が、それまで誰も注目していなかった郊外の雑木林(落葉林)に美を見出し、その情趣を描いた散文作品だ。雑木林は薪炭林であり、人が常に手を入れて管理している二次林である。彼は、林と民家が入り交じり、自然と生活が絡み合うこの地の散策がいかに面白いかを綴った。
国木田はこう述べる。
「元来日本人はこれまで楢の類の落葉林の美を余り知らなかった様である。林といえば重に松林のみが日本の文学美術の上に認められて居て、歌にも楢林の奥で時雨を聞くという様なことは見当らない」
このように彼は、自分が日本の伝統的な美意識の外側にいる(外側へ出られた)ことを自覚していた。
国木田はなぜ「ソトの眼」を獲得することができたのだろうか。彼はそのきっかけも本文で明かしている。ツルゲーネフの小説「あいびき」に出てくる自然描写を読んだことで「落葉林の趣きを解するに至った」というのだ。国木田は現実の武蔵野そのものではなく、創作物(それも異国の)を通して武蔵野の風景に魅力を感じ始めた。
これと似た感覚に思い当たる人は多いのではないだろうか。小説以外でもいい。漫画、アニメ、映画、ゲームなどの創作物に触れて風景の見え方が変化したことはないだろうか。「あの作品に登場した風景みたいだ」と思うことによって、たとえば電信柱が、たとえば集合住宅が、たとえば橋梁が、突然輝き始める。
風景じたいは以前と変わっていない。変わったのは自分の眼だ。
本作の後半で国木田は、東京は「武蔵野」ではないが、東京の町はずれは「武蔵野」の一部であると言い、その趣を称えている。地理的な定義ではなく、概念としての私的な「武蔵野」を提示しているのだ。
「夏の短夜が間もなく明けると、もう荷車が通りはじめる。ごろごろがたがた絶え間がない。九時十時となると、蝉が往来から見える高い梢で鳴きだす、だんだん暑くなる。砂埃が馬の蹄、車の轍に煽られて虚空に舞い上がる」
これを読んだ当時の読者は、ツルゲーネフを読んだ国木田と同じ経験をしただろう。よく知っているはずの見慣れた郊外が、突然、詩情を帯びた特別な地となって輝き始めたに違いない。
『武蔵野』は国木田の初期作18編を収めた第一作品集。著者が当時20代だったことを思い出しながら、「新世代」の文学者の誕生に立ち会ってほしい。
『おすすめ文庫王国2021』(本の雑誌社)
880円(税込)
2020年12月7日発売
ISBN-10 : 4860114523
ISBN-13 : 978-4860114527
posted by pictist at 18:09| 執筆