玄関灯の鑑賞を始めてずいぶん経つのだが、長年の謎がある。玄関灯には「両面灯」というタイプがある。玄関扉の上部(欄間)に孔をあけ、そこに電球を付設する方式だ。
電球が剥き出しのパターンもあるが、多くの場合、カバーで覆われている。そのカバーは「バルベット」と呼ばれている。
現在、バルベットと言えば樹脂製の製品を指す。下の写真のようなものだ。

しかしバルベットは樹脂製品が誕生する前からある。下の写真が古いタイプのバルベット。ガラスのカバーに青銅または真鍮のフレームがついている。

バルベットは大正時代にはすでに存在していたようだ。『外灯工事仕様書』(大正15年、京都電灯株式会社編)という本に《両面「バルベット」ヲ使用スル門燈》という項目がある。
この、「バルベット」という名前の由来が分からない。どういう意味なのだろうか。
以前、樹脂製のバルベットを製造しているメーカー、株式会社栄興電器工業所に「バルベットの名称の由来」を聞いてみたことがある。とても丁寧なお答えをいただいたのだが、残念ながら名称の由来は分からないとのことだった。ちなみに栄興電器工業所の創業は昭和26年。
明治から大正にかけて電灯が一般家庭に普及していった時代、そのどこかの時点で、壁に孔をあけて両面を照らすという方式が考案され、その方式またはカバーがバルベットと呼ばれたのだろう(名称とともに海外から持ち込まれた可能性もあるが)。
一つの推測として、バーベット (barbette) =軍艦の砲座と関係があるのではないかと考えたことがあるのだが、どうも形状が結び付かない。
バルベットという名称が何に由来しているのか、もしご存じの方……は、いないと思いますが、なにか手がかりになる資料をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
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バルベットに関しては、もう一つ気になっていることがある。バルベットは東京都内にはあまり普及しなかったのではないか? という疑いだ。
私が住んでいる岡山市内では、そこらを歩けばいくらでも上掲のバルベットを見つけることができる。樹脂製、ガラス製(銅フレーム)、両方ともある。
また、ネットで古い家屋や長屋などの写真を検索すると、他のまちにもバルベット付きの家があることが分かる。しかしその所在地を確認すると、ほとんどが西日本エリアのものなのだ。これは偶然だろうか。
以前、友人がGoogleストリートビューで都内のバルベットを3軒ほど見つけてくれたのだが、今のところそれだけである。また、その見つけたバルベットも樹脂製で、古いタイプのガラス製(銅フレーム)バルベットは見つかっていない。
単に調査が足りないだけで、実際にはある程度、都内にも存在しているのだろうか?

もし都内でガラス製(銅フレーム)バルベットを発見したら、ぜひ教えてください。関東エリア全域でも構いません。
※ちなみにバルベットは玄関灯だけではなく屋内トイレにも付設されるケースがあります。
下の画像は黒澤明『生きる』のワンシーン。主人公が住んでいる住宅の玄関だが、両面灯になってはいるものの、電球が剥き出しでバルベットは付いていない。もしこの家屋がセットだとしても、現実に即してつくるだろうから、東京の一般住宅は「バルベットなし」をスタンダードとしてきたのではないだろうか。
はたして、どうだろう。
ーーー【2020.4.22追記】ーーー
後日、ツイッターで情報を呼びかけたところ、石川初さんより下記の情報をいただきました。かつては都内でもよく見かけたとのこと。地方にはまだまだ残ってるけど、東京は新陳代謝が激しいので失われつつあるんですかね。
こういうの好きだったのでよく見歩いていましたが、当時は割と普通に見かけた印象があります。東京は住宅の建て替え頻度が高くて、あまり残っていないのかも。
— Hajime Ishikawa (@hajimebs) April 14, 2020
また、ukikusaさんからは都内の一軒家のトイレに設置されている事例をいただきました。戦後すぐに建てられたお宅だそうだです。
不鮮明で申し訳ありませんがとりあえずこんな感じです。錆びてますが銅製だと思います。大と小の便器の間仕切りに付いていて一つの明かりで両方照らせるようになってます。 pic.twitter.com/xheQj6DsDf
— ukikusa (@ukikusa) April 14, 2020
トイレの事例は私も一件、撮影してまして。こちらは昭和初期に建てられた家です。

男性用小便器がある空間と、大の個室を隔てる壁に付けられています。
さらに!
バルベットの名称について、Chill Reactorさんから下記の推測をいただきました。
バーベット、英語サイトで調べてみると「大砲につく円筒形の装甲」を指すようで、灯具とソックリな形のものが見つかりました。これを軍艦の横腹に据えると舷側砲になるようです。https://t.co/viYfE1ee2n
— Chill Reactor (@ChillReactor) April 15, 2020
角型の他に筒状の灯具もある、ぐらいの認識でしたが、オリジナルがコレな気がしてきました。
私は甲板上の砲座を考えていて、形状が結び付かないのでそこで思考が止まってたんですが、なるほど舷側砲と解釈すると、ありえそうですね。
しかもリンク先の写真にあるような「円筒形の装甲」を指すとのことなので、かなり有力だと思います。古い玄関灯バルベットには平たい角型とかまぼこ型のものがありますが、Chill Reactorさんがおっしゃるように、かまぼこ型が最初のかたちで、その形状からバルベットと名付けられたのかもしれません。
古いバルベットの写真は他にもいくつか撮ってるので、そのうちこのブログで公開しようと思います。フレームのデザインがいろいろあって楽しいよ。